国民的俳優で知られる唐沢寿明さん。
その明るく爽やかなイメージからは想像もつかないほど、実は壮絶な生い立ちと過酷な下積み時代を経験していたことをご存じでしょうか?
この記事では、唐沢寿明さんが俳優として成功を掴むまでの知られざる過去を、大手メディアの情報をもとに詳しく解説していきます。
唐沢寿明の生い立ちと俳優を志したきっかけ

唐沢寿明(からさわとしあき)さんは、1963年6月3日生まれの東京都出身。
公式プロフィールによると、血液型はA型で、趣味は映画鑑賞とされています。
幼少期や学生時代についてはあまり多く語られていませんが、中学時代にすでに俳優になることを決意したというエピソードが知られています。
その決意を実現するため、唐沢寿明さんは16歳で「東映アクションクラブ」に入団。
ここで演技やアクションの基礎を徹底的に学び、同世代の仲間たちとともに俳優としての第一歩を踏み出します。
この時期に、特撮作品のスーツアクターとしても活動しており、表には出ないながらも着実に経験を積んでいました。
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家出から始まった壮絶な下積み時代

俳優としての道を進み始めた唐沢寿明さんですが、家庭環境など詳細は明かされていないものの、17歳のときに家出をするという大きな決断を下します。
家出後、彼は新宿の歓楽街で生活するようになり、当時500円で夕方4時から翌朝4時まで過ごせるディスコを寝床として利用していたといいます。
営業時間が短くなると、東映アクションクラブの仲間の家を渡り歩いたり、ときには新宿サブナードの階段で寝泊まりすることもあったとか。
このような過酷な生活環境の中でも、唐沢寿明さんは腐らずに俳優の夢を追い続けました。
この時期の経験こそが、彼の強い精神力や努力を支える礎になっているといえるでしょう。
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撮影所での経験と俳優デビューまでの道のり

ディスコや路上で寝泊まりする生活を送りながらも、唐沢寿明さんは俳優の世界から離れることはありませんでした。
TBSラジオのインタビューでは、撮影所で大道具や衣装スタッフのアルバイトをしながら現場に関わり続けていたと語っています。
当時のスタッフにはいじられながらも可愛がられ、「あの頃の経験が今の自分に繋がっている」とも回顧。
そして1987年、ついに舞台『ボーイズレビュー・ステイゴールド』のオーディションに合格。
爽やかな青年役で本格的な俳優デビューを果たすことになります。
その後はNHK連続テレビ小説『純ちゃんの応援歌』(1988年)に出演し、徐々にテレビドラマや映画にも進出。
人気俳優としての地位を築いていくことになります。
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まとめ
唐沢寿明さんの生い立ちには、表舞台では見えない数々の苦労や努力の歴史が刻まれています。
16歳で東映アクションクラブに入り、17歳で家出。
路上生活を送りながらも夢を諦めず、撮影所で裏方としても働きながら実力を磨き続けました。
そうした経験の積み重ねが、今日の唐沢寿明さんの確かな演技力と存在感に繋がっているのです。
彼の生い立ちを知ることで、今後の作品にもまた違った視点から楽しめるかもしれませんね。
それでは、ありがとうございました!

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